風に舞う花びら

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permalink 2006.08.22 Tuesday | permalink | - | -
叱る時、やってはいけない10か条
叱る時、やってはいけない10か条に書かれているやってはいけない叱り方。

・感情的に叱ってはいけません。

普段はなるべく感情的にならないようにと思っているんだけど、ついつい感情的になってしまう時がある。

少し考えれば、それが正しいことかどうかわかるだろと親が勝手に思い込んでる場合に、ついつい感情的に叱ってしまいます...。


・子どもの言い分を聞かずに、叱ってはいけません。

これは難しい、その場限りのうそをつくようになると、ついつい言い分を聞かなくなってしまう。

というか、きっと叱り方に問題があるからその場限りのうそをつくようになるんだろうけど。


・くどくどといつまでも叱り続けてはいけません。

そうそう、これは自分が子どもの頃によく経験した。
ずーっと正座をさせられて、結局何を言われたのか覚えてなかった記憶がある。

でも、自分が親になったとき、、あれもこれもそれもとくどくどと叱ってる気がする...。


・自分の都合で叱ってはいけません。

親も人間だし、イライラすることもあるさぁ...、と自分を慰めてみる...。


・両親が一緒になって叱ることは避けましょう。

これは、絶対に避けるべきだと思う。
自分の経験から、ある程度の年齢まではどんな親でも子どもにとってはかけがえのない存在だし、居場所がなくなってしまう。
やさしくつつんでくれるという存在は必ず必要。
子どもたちは片方の親と仲が悪いわけでもありません。

一概にそうとは言えないと思うけどなぁ。

慰めるときに片方の親の悪口をいってる場合には最悪の結果になると思うんだけど。


・誰かと比べて叱ってはいけません。

確かに比べるのはよくないと思うけど、我が家では長所は見習うべきと教えている。


・昨日と今日で言うことを変えてはいけません。
一貫性を持って叱らないと、子どもは不信感を抱きます。また、父親と母親もしつけに関して話し合い、統一性を持たせましょう。人によって言うことが違うと、子どもは迷ってしまいます。

実は、微妙に違うと思うよ、本当は。
基本方針は同じっていうレベルでいいんだよね?

父親にはこう言われたけど、母親はこう言ってるっていうのが結構あると思うんだけど。

そもそも、我が家はそうだし...。


・全人格を否定する言葉や子どもを突き放す言葉は、使ってはいけません。
・今、叱っている内容に付け加えて、昔のことまで引っ張り出して叱るのもタブーです。
・体罰はやめましょう。

うーん、昔のこともいってるし、体罰というか頭をたたいたりもしてる...。


ただ、自分の子どもに注意するときに、

「まわりの人に怒られるから、やめなさい」

とかいって、子どもの面倒を全然見てない親にはなりたくないなぁって思う。
ここ数ヶ月非常識な親に直面したので、なおさらの印象が強いけど。


娘達からの印象はと言うと、、

「うるさくて、こわいお父さん」

だそうだ。

きっと、あと数年で話しもしてくれない娘達に成長するのかと思うと...。
 
permalink 2006.08.22 Tuesday | permalink | comments(0) | trackbacks(27)
漢字を覚える年齢!?
5歳になった下の娘は、小学校2、3年生の国語の教科書は漢字を含めてある程度すらすら読めるようになっていた。

もちろん、わからない漢字は上の娘に一つずつ聞いて、覚えていったようだし、今の小学校の国語の教科書はレベルがそもそも低いっていう問題はあるんだけど。

単純に漢字の読み方だけなら、4、5歳になれば小学校レベルはほとんど読めるようになるのかもっていう気がしている。
音読みや訓読み、振り仮名がどこからとか細かいレベルまできちんと覚えられるかっていうと、疑問が残るんだけど...。

漢字を書くのは、鉛筆の持ち方とか力の入れ具合、抜き具合があるので、まだ難しいのかなっていう気がしている。

上の娘の時にも感じたことだけど、4歳頃から少しずつ漢字を読む力を身につけ始めて、5歳になると急速に漢字を認識して覚える力が高まるのかなって思ってる。

ただ、興味のある本に書いてある漢字はすっごい勢いで覚えるんだけど...。
全ての漢字をかたっぱしから覚えるっていうのとは、ほど遠いんだよなぁ...。
 
permalink 2006.08.01 Tuesday | permalink | comments(0) | trackbacks(2)
本を読むということ
自分が子どもの頃は、本当によく本を読んでいた気がする。
まぁ、ファミコンがはやったのがある程度大きくなってからというのはあるけど(笑)。

小学生の低学年の頃は、寝る前には必ず百科事典を親に隠れて遅くまでコソコソと読み漁っていたし。
高学年の頃は、車輪の下罪と罰ライ麦畑でつかまえて三国志を夢中になって読んだ、夏目漱石芥川龍之介も全て読んだ。
個人的には、芥川龍之介と三島由紀夫はどうも好きになれなかった。

もちろん、コナン・ドイルアガサ・クリスティも読み漁った。

何故だか、江戸川乱歩は好きにはなれなかった。

日本文学全集世界文学全集も片っ端から読み漁った。

六年生の頃は勉強をするといって、部屋にこもっては歴史小説を読み漁っていた(笑)。


そこで、この夏休みには、文字だけで自分の中で物語の世界を想像し、文字からいろんなことを感じ取れるようになって欲しいと思い、とにかく気にいった本を読むようにと言ってみた。

手にとってみて、つまらないと感じた本を無理して読む必要はない、それは自分のレベルに合ってないのだからと説明した。

どんな本でもいい、興味をもって読める本を一冊ずつ、とにかく最後まで読んでみて欲しいと言ってみた。


漫画は読んでて確かに面白いけど、物を感じ取る、想像する力を養うことが出来ないんじゃないかと思ってる。

感じ取る力、読み取る力、表現力はやはり本を読むことで養われるんじゃないかと思う。

目に入れて、頭で読んでこそ肥やしになるような気がしている。

と、いいながら自分はまったく、肥やしにならなかったんだけど...。


上の娘が自分と同じ年にどんな本を読んでいたのか聞いてきたから、こんな本読んでたかなって答えた。

同じ本を選んで読んだようで、この本は自分にとってどうだったとか、お父さんはどう思ったのとか、結構盛り上がった(笑)。
同じ本を読んで、親子で話しあうのも、娘達にとってはいい体験になるのかなぁって感じた。
 
permalink 2006.07.26 Wednesday | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
親の小言と娘達の気持ち
聞く耳持たない我が娘達を書いた後で、娘達の寝顔を見ながら感じたこと。

・彼女達の行動を親はすべて否定していると感じている
・彼女達にとって親からの助言はうるさい小言でしかなく、受け容れるのにふさわしいだけの魅力を何も感じていない

うらを返せば、、

・まず、彼女達の行動を認めて良いところは褒めた上で、間違いを指摘するべき
・助言を受け容れた場合の長所をわかりやすく説明すべき


冷静になって、あれやこれやと考えてみると自分の考えを単に押し付けてるだけってのが娘達にはミエミエだったのかもしれないなぁ...。

そのときは、そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ...。


自信を持たせながら、やる気を継続させるって、、ホント難しいなぁ(苦笑)。
 
permalink 2006.07.25 Tuesday | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
聞く耳持たない我が娘達
何回も、何回も、、ずっーーーーーーと同じ事を言い続けている。

・塾や公文のプリントをやることが勉強じゃないよ
・わからないことや間違っていたことを正しく知ること、そこで得た知識を使って問題を解く、この繰り返しが勉強だよ
・何が悪かったのかよく考えないといけない、次に同じ間違いをしないためにどうすればいいのか良く考えないといけない

ただ、娘達は、
「こんなに時間をかけて、私はこんなに勉強をしている」
「なのに、これ以上何をやれっていうの」
「まわりのみんなは、勉強なんかしてないし、毎日あそんでて楽しそう」
と思っているようだ。


「こんなに時間をかけて、私はこんなに勉強をしている」と思う娘に対して、

それは、内容をきちんと理解せずに問題を解こうとするから、毎回悩まないといけないし、あやふやな理解のまま進むから回答を間違える、だから正解を得るために余計に時間がかかると説明した。

最初は時間もかかるし、内容を理解するのは難しいように感じるけど、後々のことを考えると逆だよと説明した。


「なのに、これ以上何をやれっていうの」と思う娘に対して、

どうして、その問題を間違えたのか自分で考えてみた?
どうして、そんなに時間がかかっているのか自分で考えてみた?
と聞いてみた。

その答えは、「考えてない」だった。


「まわりのみんなは、勉強なんかしてないし、毎日あそんでて楽しそう」と思う娘に対して、

井の中の蛙大海を知らずって知ってると聞いてみた。
ちょっと、厳しい言い方かなぁとは思ったけど、あえて言ってみた。


うーん、やっぱり自分でしまったと思って、苦労しないと気付かないのかな。
親がいくら言ってもやっぱり駄目なのかなぁ。


あれ、これって人に対する指導方法がそもそもなってないってことって思い始めた...。
未熟すぎるってことなのか...。

やる気を出させて興味を持たせる、そのためには少しでも良いことは褒めて、気分をのせる。
悪いことには目をつぶって、まずはよいところを伸ばすってなかなか実践できないよ...。


[マタイによる福音書 13章 引用]

その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。

すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。

イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。

蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。

ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。

しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。

ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。

ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。

耳のある者は聞きなさい。」

弟子たちはイエスに近寄って、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話しになるのですか」と言った。

イエスはお答えになった。「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。

持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。

だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。

イザヤの預言は、彼らによって実現した。『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。

この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、悔い改めない。わたしは彼らをいやさない。』

しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。

はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。

だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。

石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、

自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。

茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。

良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」

イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。

人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。

芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。

僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』

主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、

主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。

刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、

どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。

それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「わたしは口を開いてたとえを用い、天地創造の時から隠されていたことを告げる。」

それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。

イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、

畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。

毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。

だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。

人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、

燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。

そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」

「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。

また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。

高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。

また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。

網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。

世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、

燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

「あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。

そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」

イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、

故郷にお帰りになった。会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。「この人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。

この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう。」

このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」と言い、

人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。
 
permalink 2006.07.24 Monday | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
子どものやる気を引き出すのは難しい
親にとってというか、自分にとって最近一番気にかかる事と言えば、娘達のやる気をいかに引き出すかだ。

娘達に、あれがいいからやってみなとか、それじゃだめだからこうしなさいとか言ってみても、娘達からすれば、ただ言われたからやってるだけで自分達から何かを変えようとしてやってるわけではないので効率的でもないし、能率的でもない。

最近、少しずつだけど感じてきたことがある。

欠点ばかりを指摘して補わすのは、かえって逆効果だった、萎縮してしまい、娘達の場合には自ら成長しようとする芽を摘んでしまったようだ。


そこで、上の娘の場合には、次のように日頃話をしてみた。

字が最近汚くなってきたことに対して。

「○○は、一生懸命に字を書くとすっごく上手に字が書けるのに、もったいないよ、普段から少しずつ綺麗に書くように心がけると、いつでも綺麗な字がかけるんじゃない?」

すると、本人も普段から綺麗な字を書こうとしたみたいで、今日のこの字はどうって見せるようになった。

ただ、ここで、汚いといっては元も子もないので、このバランスを気をつけるといいんじゃないとか率直にいってるし、上手なところはほめるようになるべくしてる。


下の娘の場合は、気持ちよく勉強させると、ガンガン進む(笑)。
短く時間を区切って、出来なかった場合には、出きる問題で終わるように必ずする。

「今日は、頑張ったよね、ここまで進んだね!」

と自画自賛だし(笑)。

うーん、出来ない問題を何回も続けて、しかも最後には頭ごなしに怒ると、さっぱりなのに...。


親は怒ることに対しては、ストレスはたまらないけど、怒られた子どもにはストレスとして蓄積される。
これは自分の体験からだけど。

親への不信感にも繋がるし、やる気を阻害されるものにも繋がるし。


子どもの成長とともに自分も成長してるっていうか、未熟な自分が...。
いったい、いつになったら大人になるんだろうって思うよ(苦笑)。
 
permalink 2006.07.04 Tuesday | permalink | comments(0) | trackbacks(3)
公文式の限界!?
上の娘も、下の娘も公文式に通わせている。

上の娘は、幼稚園の年中から。
下の娘は、幼稚園の年少から。

公文式の場合、年齢を超えてある基準以上に進度が進むと進度上位者のつどいや認定テストがある。

まぁ、認定テストで本当に今まで学んだ知識が実力として身についているのかが判定されるのかもしれないけど。
その前に先の教材に進ませていいのかどうかのテストは、過去を振り返りながらしたほうがいいんじゃないかと感じてる。

それは、各家庭でやれというのが、公文式なのかもしれない(苦笑)。
実際、何がどこまで理解できているのか、家庭で細かく確認しないといけないのはどうなのかと思う。

実際に、上の娘の場合を考えると、今の教材までの力が本当に備わっているのか、疑わしい。
下の娘の場合も、飛び級のように進んでいるが、これも本当に実力が備わっているのか疑わしい。

単純に出来るまで、何回も繰り返すので覚えてしまうというのが、今の公文式なんじゃないかと。

幼い頃から公文式をやっていると、それなりに先に進むのが公文式。
それによって高度進度者となるのは、どうなんだろうか。

たまたま、娘達が実力も備わってないのに先に進んだだけなのかもしれない。
他の高度進度者の方々は実力も備わって先に進まれてるのにという話かもしれない。

娘達の習熟度を見てると、本来の習熟度を確認するテストがあまり意味をなしていないような気がする。

二つ、三つ前の教材内容も含めて、応用問題も含めて、本当に内容を理解できているのかを判定するようなテストが必要なんじゃないかと思う。

出来の悪い生徒に対して、あまりそんなことを真剣に考えてないのかもしれないけど、公文式は。
また、それぞれの教室によっても状況は異なるんだろうけど。

単純に何教材に進んだから、それまでの実力は身についてるという考えは違うんだなぁと、感じた親でした(笑)。
 
permalink 2006.06.24 Saturday | permalink | comments(0) | trackbacks(135)
娘達の部屋
一応、狭いながらも、本当に狭いのだが娘達に部屋を与えている。
そこは、彼女達の楽園とはほど遠いが、なにやら楽しく過ごしているらしい。
・友達と一緒に遊ぶ部屋。
・娘達がこそこそとなにやらする部屋(笑)。
・親に怒られた後で、気持ちを癒すために逃げ込む部屋(笑)。
・勉強する部屋。

が、しかし、、汚い(笑)。
ほんとにこれが女の子の部屋かよって思うほど。

おもちゃや本は、出したら出しっぱなし。
消しゴムのカスやらお菓子の食べ散らかしが散乱してるし。

その都度、注意はしてるけど、いっこうにきれいにならない。

おいおい、こんなことじゃ、お年頃になったころに彼氏を呼べないぞって思うんだけど。

まぁ、その時は一生懸命きれいにするんだろうけど(笑)。


注意しても、あまり効果がない気がしてきた。
約束事として本人に認識させて、達成できなければ何かしらの懺悔の気持ちが芽生えるような方法をとらなければ、きっと何も変わらないような、そんな気がしてきた。
 
permalink 2006.06.15 Thursday | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
娘の一言が、心に響く
台所で食事の後片付けをしていると、下の娘がやってきた。

洗っている食器を眺めながら、娘がぼそっと。

娘:「私、お母さんだったらよかったのに...。」
親:「うん? なんで?」
娘:「だって、お父さんはやさしくて、お手伝いしてくれるから...。」
親:「え?」
娘:「お母さんにはやさしくて、お手伝いするのに...。」

その後に返す言葉がなかった。

最近、下の娘に対してもかなり厳しくなってたと思う。

・受験向けの勉強を始めたこと
・漢字の勉強を始めたこと
・足し算、引き算を公文で始めたので、数の分解を始めたこと
・簡単な英語の聞き取りをはじめたこと

なにより、教える側の親が仕事で忙しくて、ゆったりとした気持ちで子どもに向かえないというのが大きな原因のような気がしてる。

子どもは微妙な親の心情を感じ取ってる。
一番、影響力のある大人は親だから。

あ〜、いかん、いかん。

ついつい、、声を荒げてしまうし、反省。
この前はごめんね、って今日も寝顔を見ながら、頭をなでる(苦笑)。
 
permalink 2006.06.14 Wednesday | permalink | comments(0) | trackbacks(9)
トラックバック、コメントのスパムの削除処理をもう少し考えてほしいなぁ
しばらく、放置している間にトラックバックスパムの餌食になってた(苦笑)。

ブログのスパム排除に関しては、よくわからないけど。
メールのスパム拒否のような仕組みで、ブラックリストサイトからのトラックバックやコメントを拒否とかできる仕組みって出来ないのかな?

ずっと前にも書いた気がするんだけど、もうちょっとなんとかならないのかな?

トラックバックやコメント一覧の件数って10件が最大なの?
10件ずつ選択して削除してたら、いつまでかかるやら...。

うーん、やっぱ、、他のところに移るのが無難なのかな。
って、数ヶ月に一回程度しか書いてないんだけど(笑)。

基本は、自動でスパムらしき物は削除できるってのが利用者からの要望だと。
Check
 
permalink 2006.06.14 Wednesday | permalink | comments(0) | trackbacks(11)